おもに新選組について、他自分の好きな事、日々感じた事など気の赴くままに綴ります。

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新選組始末記 第14話 4
第14話 「近藤江戸下り」4

さて、江戸の近藤局長はというと、京都守護職の親書を江戸城において
老中松前伊豆守に提出したのですが・・・。

老中からは、会津殿の親書は確かに拝読した、京都での苦衷、心から同情する、
この親書は早速、上様にご覧いただくつもりとの言葉を賜りますが、
肝心の上様御進発の日時を尋ねるに至り、老中の口から出たのは、
思いもよらぬ言葉でした。

それは、「上様は御進発なさらぬ。いや、できぬ。」というもの。
なにゆえかと強く詰め寄る局長が聞いたのは、
「幕府には金がない。」
「上様御進発をまかなう金がない。財政は極度に逼迫しておる。」という言葉。

上様が大坂に赴かないのは、長州が恐ろしいのでもなんでもなく、
道中の経費がないからだというのです。

(老中)「近藤、察してくれい。
     これが、その方らの誠忠心に答えられる真の理由だ。」

(局) 「松前様・・・。」

(老) 「恥だ。恥を忍んで言う。近藤、この松前、泣いても泣ききれんのだ。」
    
老中にここまで言われてしまったら、さすがの局長もゴリ押しはできず、
「ご心中、お察し申し上げます・・・。」と
ただただ、深々と頭を下げるしかありませんでした。

試衛館に戻った局長は、永倉さんら供の隊士達にこのことを伝えますが、
これは、ここ限りの話で他言は無用とのことにします。

そして、そういう事情なら、これ以上老中たちを追い回しても仕方がなく、
京都での新選組の役目はいよいよ重くなるので、隊士を募集して帰ろうという
永倉さんの意見に
「俺もそう考えていたところだ。やはり武士は東国に限るからなあ。」と局長も賛同。
藤堂さんに
「藤堂、この間話していた伊東さんに明日にでも会おう。」と自ら言い出すのでした。

隊士募集の話にここぞとばかり、伊東さんのことを切り出そうと身を乗り出したとたん、
武田観柳斎お得意のおべっかに邪魔されてしまったので、
局長からのこの申し出は、藤堂さんには、さぞ嬉しかったに違いありません。
「はいっ、早速手配します。」との元気な返事にもその思いが感じられました。

伊東道場に赴いたのは、近藤局長と藤堂さん。

(伊東)「近藤先生のご存念と一介の武芸者に過ぎぬこの伊東へのご厚情、よーくわかりました。
     しかし、新選組入隊の話は、私にとってかなり重要です。
     しばらく時をお貸し下さい。」

うーん、なんとももったいつけたような言い方が、嫌ですね。
もし、この場に土方さんがいたら、きっと嫌~な顔してたと思います。

(局) 「当然です。ご勘考の暇もなく承諾されたら、私の方で考えたでしょう。
     いや、十分お考え下さい。
     しかし、結論はできるだけ入隊の方向でおまとめ願いたい。あはははは・・・。」

和やかな雰囲気で話は進みますが、伊東が一つだけ確認したいことがあるとのこと。
それは、局長があくまでも尊皇攘夷の志を持っているのかどうかということでした。
局長の答えは、当然のごとくイエス。
ただ、長州とはやり方が違うだけだというのもでした。

でも、実を言えば、この伊東とも違うわけで・・・。
そのことが、のちのちの問題を引き起こす原因になってしまうのです。
だから、本当はもっと議論を尽くして、お互いに理解し合った上で入隊を勧めるべきではなかったかと
思えてなりません。

が、時間もない中、優秀な人材ということで、局長も伊東の力が是非欲しいと思ったに違いなく、
これもまた運命と言わざるを得ない気がします。

近藤局長が、京都での再会を楽しみしていると言い残して辞した後、
伊東たちは京都行きを決意します。

が、「近藤と一緒に行くのですか?」との篠原泰之進の問いに

「人間の売り買いは大事だ。絶対に自分から安売りをしてはならぬ。
 近藤が発った後、ゆっくり東海道を上るさ。あっはははは・・・。」と答えた伊東。

対面後、近藤局長をなかなかの人物だ、さすがは一党を率いる男だと評価したにもかかわらず、
新選組に対し、相変わらずどこか見下したような馬鹿にしたような言動がめだつ伊東一派です。
でも、そんな伊東たちも笑っていられるのは今のうちなのですよね。
この先、京都で待ち受ける過酷な運命は、まだ知る由もありません。

朝、出立支度の局長たち。
そこへ永倉さんが、新しく補充した隊士を京に向けて出発させたとやってきます。
人数は50人。局長もそれは心強いと満足そうです。
確かに短期間で50人もよく集められましたよね。さすが永倉さんたちです。

あとは伊東の件ですが、局長が藤堂さんに何か言ってきたかと問うも、
どうやらまだ返事はないらしく、出発前に催促してくるという藤堂さんを
「やめろ、成り行きに任せた方がよい。」と局長は諌めます。

そこで、今度は永倉さんが藤堂さんにこう話しかけるのでした。

(永)「しかし、藤堂。剣術の同門とはいいながら、お前、またばかにあの伊東さんに熱心だな?」

永倉さんの鋭い指摘に少々戸惑い気味な藤堂さん。
それはそうですよね。
まさか伊東さんに新選組を助けてもらいたいから、などどという本音を言えるわけがありません。
この場は、「はいっ、近頃…とにかく得がたい人物ですから。」となんとか無難に答えます。
が、更に永倉さんの追い打ちが。

(永)「いくら得がたいとはいっても、お前のは少し度を越してやしないか?」

(藤)「いや、それはっ。」

(局)「永倉。」

藤堂さんは、「それは」の後になんと言おうとしたのでしょう?
局長の遮りで、残念なことにこの話は、途切れてしまいました。
でも、局長もなぜここで遮ったのか?
単に出発前に議論させたくなかったということかもしれません。
藤堂さんの熱血さを知ればこその遮りだったのかな?という気もしますが。
やっぱり、藤堂さんの説明は、聞いておきたかったです。

永倉さんが藤堂さんに抱いたちょっとした疑問。
この時の永倉さんは、おそらくさほど重要な意味を込めて聞いたわけではないと思います。
ほんの軽い気持ちで、感じたことを聞いてみただけだろうと。
ましてや、藤堂さんがこの後、ますます伊東に傾倒していくことになろうとは、
想像もしていなかったことでしょう。

将軍の引っ張り出しは失敗に終わってしまった局長でしたが、
愚痴は言えない、自分たちは京に帰って新選組の隊務にに精励しよう、
我々は、いよいよ崩れる幕府の歯止めにならなけれがならないと
決意を新たに江戸を発ちます。

そして、その後を追うように伊東甲子太郎の一行が旅立ったのは、
元治元年十一月十四日の朝でした。

                                              続く・・・
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