おもに新選組について、他自分の好きな事、日々感じた事など気の赴くままに綴ります。

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『BS歴史館』を観て ①
みなさん、御覧になりましたか?ご感想は? えっ?私? 
私はですね・・・簡単に言うと、
「納得するところ、しないところが入り乱れてたけど、全体的には楽しめた」といった感じでしょうか。

ただ、番組内容解説にあった
「最新の研究では、土方はいち早く、新時代の軍隊の指揮官を目指していたことが明らかになってきた!」という部分について、ここが私の一番知りたかったところでしたが、これにはガックリでした。

なぜなら、結局、別に新資料がでできたわけでもなく、土方さんが「新時代の軍隊の指揮官を目指していた」という根拠があるわけでもなく、単に研究者の人たちの見解が変ってきたというだけの話にすぎなかったから。
私はもっと具体的な説明があるかと思っていたので、なんだ、そういう意味のことをこう表現しただけのことか、とわかったら、この解説文に怒りがこみ上げてきましたー。
視聴者に曖昧な表現で変な期待を持たせるな、日本語は正しく使って下さい!ってね。
(NHKさんお願いしますよ、ホント。)

番組内容からすれば「指揮官を目指していた」という表現は絶対に正しくないもの。
そう取れば取れなくもないかもしれませんが、土方さんは、番組内でも言われていたように
戦いの中で指揮官として成長していったとは言えても、軍隊の指揮官になることを目標に戦ってきたわけでは絶対にないですよね。
ああ~、そんなことはあるはずないのに、まさか?そうだったの?と少しでも思ってしまった自分が
情けない。
期待せずに観ると言っておきながら、もしや新しい事実を教えてもらえるか?と
TVに期待していた自分がいたようです。

それと、やっぱり出ました 土方人気=美男だから 
あのですね、確かに美男であることも土方さんの魅力の一つと言えるとは思います。
それは否定しません。いい男なのは誰もが認める事実ですから。
ですが、人気の理由の第一に挙げるのは、いい加減に止めて貰えないでしょうか?
なぜ、研究者の方々でさえ、美男であることを一番に挙げるのか?
独断と偏見と言われようが、なんと思われようが、とにかく私はそれがすごく嫌なんです。

土方さんが好きな方、皆さんにお聞きしたいです。
皆さんは、土方さんの写真が素敵だから、美男だから好きになったのですか?

あっ、そういえば、この時に確か田原さんが、土方さんのことをハンサムって言ってましたね。
ここから、ハンサムヒーローって言葉を説明に使ったのでしょうか?

さて、そのほかで、突っ込みどころといえば、

①「京都にいた頃は趣味、拷問といった感じ」って・・・。
ひぇ~、中村先生~、いくらなんでもそれはないでしょう。
それは酷いよ~、酷すぎる~。土方さんが可哀想~。

②(会津が落城となろうという時に)「援軍を連れてくると言って戦場を去った。」
「会津から消息を絶っていた土方が、突如仙台に姿を現す」ってナレーションがありましたが、
これにはまたまた、ちょっと、ちょっと~でした。
こんな言い方はあまりにも不親切では?ダメですよ~、これだけでは。
なぜって、これでは土方さんを全く知らない人には、なんだか、土方さんが嘘を言って、
ひとり逃げちゃった、みたいにしか聞こえないですよね。
この間のことは、もっときちんとした説明が欲しかったです。

③流山で切腹を決意した近藤さんに、土方さんが犬死になるからと止め、
必ず助けるから新政府軍に投降して生きてくれ、と進言したというのは、
この番組では断定されてましたが、今は史実として周知されているのでしょうか?
そんな甘い考えを土方さんが持ったとは、到底考えられないと私なんかは思ってしまうのですが・・・。
このへんは、どうも納得がいかないところです。

④五稜郭の空からの映像は、いつ頃撮影されたものだったのでしょう?
どうしてかというと、五稜郭の真ん中あたりにあるはずの再現された箱館奉行所の建物が、
見当たりませんでしたよね。目を凝らして見たんですけど・・・。
最近の映像ではないってことですか?昔の使い回し?
うーん、残念でした。

と、言いたい放題書きましたが、突っ込むのはこのくらいにしておきます。
でも、今回は悪かった点ばかりではなく、良かった点も私としてはありました。
それは、ちょっと長くなったので次回にさせて下さい。
ということで、『BS歴史館』については、もう少しお付き合い下さいませ~。
                                           
                                               つづく…

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Comment

 秘密にする

新撰組十一番隊様、こんばんは
お返事が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
お久しぶりです。

この番組、本当はもっと突っ込みたいところはありました。
土方ラブの私でさえ、そこまでは持ち上げ過ぎでしょ、なんていうところありましたし。
屯所で病人を別室に移し、お風呂を作り、清潔な環境を直ぐに作ったのは、
松本良順先生の進言に素直に従っただけに過ぎないし、
夜襲の折、味方にわざと勝どきを挙げさせ、敵にも挙げさせて人数を把握した等も
少し喧嘩に長けていた人なら誰でも行った戦法と思えますし(これって確か大昔の人も
使っていた気が)、伝習隊も土方さんは総大将ではなく、1人で率いていたわけでもないから
土方さんだけの力ということでもないだろうし…等など。

ただ、古い風習などには全く囚われず、自分が良いと判断したことは、
新しいことも積極的に取り入れるという姿勢を持った人であったのは間違いないですし、
確かに近代的であり、合理主義的な人であったと言えると思います。

「土方歳三 修羅となりて北へ」は、私も読みました。
読んだのですが、それはもう随分と昔のことなので、恥ずかしながら内容を直ぐには
思い出せないのですが、新撰組十一番隊様の抜粋された文を読んで、
再び読みかえしてみたくなりました。

ところで、土方さんは、果たして陸軍総督を引き受けるつもりはあったのでしょうか?
生殺与奪の権なんて同盟軍の重役達が与えるはずはないとわかっていながら、
あえて吹っかけたのかな?などと思ったりもします。

若い頃は、新選組時代の方が好きで、鳥羽伏見以降にあまり興味がなかったのですが、
年を重ねるにつけ、近藤さんと別れた後の土方さんに魅かれるようになってきました。
どんな気持ちで戦い続け、どんな思いを抱いて箱館まで行ったのか?
今は、土方歳三の真髄は、そこにあるような気がしています。

新撰組十一番隊様、よろしかったら、どうぞまたいらして下さいませ。
よろしくお願いします。
紫蝶 | URL | 2012/11/07/Wed 22:22[EDIT]
早き瀬に 力たらぬや 下り鮎
「それがしは、土方どのよりほかに適任はないと存ずる」

榎本が推しているのは、同盟軍の陸軍総督にである。

「おひきうけするさいにして、ひとつ、条件がござりまする」
「この土方にすべてを託す・・・すなわち生殺与奪の権までも、あたえていただきたい」

仙台藩家老、重役たちが
「生殺与奪の権なぞやれぬ」 「図に乗るのも、いい加減にせぬか」

「・・・おそれながらこの御役、辞退させていただきまする」
そのまま彼は榎本ともども腰をあげ、あきれ顔でいる重役たちを尻目に退散してしまった。


ご無沙汰していました。冒頭紹介したくだりは「土方歳三 修羅となりて北へ」岳真也著(学習研究社)からです。
鳥羽・伏見の戦い以降に設定した本書で私が一番すきな場面です。

いや~実に土方らしい「新選組副長」の気概がでています。「BS歴史観」を吹き飛ばしますね。
新撰組十一番隊 | URL | 2012/11/01/Thu 01:59[EDIT]
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