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おもに新選組について、他自分の好きな事、日々感じた事など気の赴くままに綴ります。

鶴田版「新選組」放送終了
鶴田版「新選組」全19話、観終えました。
初めにお断りしますが、今回はとーっても辛口感想になってます。
特に結束ファンの方、鶴田ファンの方は、不愉快な思いをされるかもしれません。
ですから、お読みになる場合は、その点をご了承の上、お願いします。

うーん、やっぱり最後まで鶴田浩二氏の為の作品でしたね。
この番組が始まった時に、結構いい感じ、先が見えない分、楽しめるかも、
史実無視もここまでくれば割り切れる、と書きましたが、
いざ全話観終わってみると、思ったより割り切れるものでもないこともわかり、
あまり満足できる作品ではなかった、というのが正直なところ。

初めから「大スター鶴田浩二の新選組」であるということは、分かっているつもりでした。
それでも結束信二氏のオリジナル作品ということで、期待はありました。
名作と言われる「新選組血風録」、「燃えよ剣」には司馬遼太郎先生の原作がありますが、
ドラマ化に当たっては、原作どおりではない、結束氏オリジナルの部分や話も多く、
それらで私達を感動させて下さったという実績は、紛れもない事実ですから、
当然の如く、この作品も御多分にもれず、であることを期待しました。

でもね・・・。 正直、期待は期待で終わってしまいました。

結束先生は、この作品を書き、映像化されたものを観て、果たして満足されたのでしょうか?

そんな疑問が頭に浮かび、少しでもヒントはないかとネット検索した結果、
「結束信二の世界」というHPを見つけました。
そのサイトの「結束信二の遺稿集」という項目のところに、
第六回「新選組の嘘、本当」という文章があります。
そちらを読むと新選組作品に対する結束先生の考えが少し分る気がしますが、
その最後に鶴田版新選組に対し、「私の新選組だ」というような趣旨のことを
書いていらっしゃいます。
それを読んで、「ああ~、そうなのかあ~。」って思いました。ショックでした。
もし、この作品が、結束先生にとっての新選組で間違いないと言われるのなら、
残念ですが、私の新選組とは違うとしか言いようがありません。

鶴田版「新選組」では、結束作品でありながら、全く感動させてもらえませんでした。
美味しいところを全て鶴田近藤が持っていくために、せっかくのいい話が興ざめになる。
例を挙げれば、永倉さんが瀕死の女性と結婚する回(第16話)、最後、永倉さんが仇をとったなら、
心に残る話となったでしょうに。
なぜか永倉さんに代って鶴田近藤が、浪士達を1人でカッコよく片付けてしまう。
斎藤さんもいたのにただ見ているだけで戦うのは局長だけ、そんな殺陣シーンもかなり不自然で、
局長に仇を取って貰って気が済む永倉さんという設定も、やっぱりどこか違うでしょう?と思えて。

鶴田近藤を前面に押し出さなければならなかった結果、ああならざるを得なかったのではなく、
あれが結束先生の考える新選組だったのだとしたら本当にショックです。
いたずらに多い鶴田近藤の殺陣シーン、鶴田ファンにとっては見せ場が多く、
大感激だったかもしれませんが、私には、いらないシーンがありすぎでした。

あまりにもスタンドプレーが目立つ局長。
余程、腕に自信があるとみえ、どんなに腕の立つ相手であろうが、自分1人で立ち向かい、
バッサバッサと斬り倒す。
土方さんの言葉には耳もかさず、「その必要は認めない」(このセリフ、嫌い)との一言で却下、
幹部達の意見を聞くなど、みんなと相談するなんてことは皆無。
副長の存在意義も全くなし。
たとえ長州藩御用達の店であっても1人だけで平然と入ってしまう御仁で、
周りの隊士達がどれだけ心配しているかなんて、たぶんお構いなし。
たとえ間者であろうと独断で見逃してしまうのは、包容力の表れとでもいうことでしょうか?
そんな鶴田近藤は、見た目風格はあるにしても、大将の器とは思えません。

自分がやらなければ気がすまないというのは、
人任せにできない=人を信じられない、人を使いこなせないということですから。
いくら腕が立つとはいえ、万が一のこともあるわけです。
もし局長が1人で斬り合いをして殺されてしまったら、一体どうするのよ。
新選組はどうなってしまうのか、残された隊士達は? 
そこに考えが及ばないとは、あまりにも無責任過ぎ。
そういう人は、本来一番上には立てないもの、いいえ、立ってはいけないんです。
ドラマだから、主役だから、斬られない、殺されることなどない、と言われればそれまでですが、
結束先生は、こういう近藤さんが好みだった?

そして、最後まで悪者で孤立無援の土方さん。
有川沖田は、とっても素敵でした。
回を重ねるごとに、いいなあって思って、大好きになったのですが・・・
それなのに、それなのに最終回、なぜ結束先生は沖田さんにあんなセリフを、
土方さんが今まで行ってきたことをすべて否定するかのようなセリフを言わせたのでしょう?
悲しかったですねぇ。
有川沖田がとっても素敵だったが故に、尚更この設定は残念で仕方ありませんでした。
そんなのありえないでしょう、絶対にありえない、そう何度も呟いてしまいましたよー。
もしも、沖田総司があんな風に考えていたとしたら、土方さんがあまりにも可哀想過ぎます。
しかも、幹部の中に土方さんを擁護する言葉を発する人はいないし、
近藤さんでさえ何も言わないなんて・・・。

更には、沖田さんの言葉を聞き、みんなの前にもかかわらず泣きだす土方さん。
うそでしょう、なんでよぉ~。
その涙は何に対して? 今までのことを後悔しているってこと?
はぁ~。
結束先生は、土方歳三が嫌いなんだなあって、少なくとも私にはそう思えてなりませんでした。

それに鳥羽伏見開戦前に、なぜか死ぬことだけしか考えていない隊士達。
なんとかして、勝とう、最後まで戦い抜こうなどという前向きな考えは一切なし。
完全に諦めムード。まあ、局長自身がそんな考えですから、仕方ありませんが。
ここでみんな一緒に散ろう、だなんて、
やはり鶴田浩二だから特攻隊のイメージを取り入れたということなのでしょうか?
最後は、大砲が打ち込まれる中、玉砕覚悟でただ闇雲に敵に突進していく局長と隊士達の姿。
ああ~、これでは、慶応4年1月3日に新選組隊士全員、討ち死にしたとしか思えず、
最後の最後にまたもや大きなため息が…。
新選組はそうではないでしょうと、どうにも納得がいかないラストになりました。
全てにおいて中途半端感が残る作品だったように思います。

それにしても、どうして、栗塚土方、左右田斎藤という配役にしたのでしょうか?
どう考えても不思議に思えてなりません。
他にも「燃えよ剣」出演者が多数出演しているのは、前作のファンを取り込もうという意思が
あったから?ファンサービス? 
けれど、それは逆効果だった気がします。
全くのオリジナルだったのならば、全く違う俳優さんを用いることで、
前2作からの呪縛から解き放されたかもしれません。
違う土方、斎藤だったら変に前作と比べることもなく、まったく新しい作品として観る側も
割り切れたのではないかという気もします。

そうそう、もう一言、全19話で山南さんの脱走、切腹のエピソードが
完全スルーだったのにも驚きました。
いい人である鶴田近藤に山南切腹の断を下させることはできない、ってことだったのでしょうか。
あまりにも良い人過ぎる局長だからこそ、どういう話の展開に持っていくのか楽しみだったのに、
全くのスルーとは。
見事に予想を裏切ってくれたとしか言いようがありません。ああ~。

あまりにもおっさん臭く、そしてあまりにも正当すぎるその正義感が鼻に付く鶴田近藤。
だんだんと嫌気がさしてきちゃって、私には、少しもカッコよく見えませんでした。

というわけで、鶴田版「新選組」、ゲストも豪華だったし、カッコいい人、素敵な人も
たくさん出演されていたのですが、
(若き日の太田博之さん、ほんと美形でしたねぇ。
 確か必殺仕掛人に出演されてましたが、その後、若くして実業家に転身されたのですよね。
 若くてイケメンな実業家だなんて、まるで絵に描いたようでカッコ良すぎ~。
 と思いきや、調べてみたら20年位前にあるトラブルから警察のお世話になってしまったようです。
 今はもう60歳を超えていらっしゃるようですが、現在はどうされているのでしょう? 
 話は戻って、田村高廣さんもさすがにステキで、藤岡弘さんもカッコ良く、成田三樹夫さんは
 既述のとおり言うことなく、この方達の素敵なお姿を拝見できただけで、この作品を観た甲斐が
 あったというものかもしれません。)
それでも、残念ながら内容的には私のお気に入りとはなりませんでした。
あしからず。
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Comment

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早々様、ありがとうございます
再度コメントいただきまして、嬉しいです。
「映像の沖田総司」は未読なので(沖田さんの本はほとんど持っていないものですから)、
映画評論家の山根氏のお話、おお~、と思いました。
さすが評論家の方は、的を射た批評をして下さるものと嬉しくなりました。
山根氏の言葉一つ、一つ、全てに「そう、そうなのよ。」って頷づくことばかり。
それに何という胸が透くような表現をして下さることか。気持ちがいいですねー。

「全ての責任を一身に背負い、悲壮ぶる近藤の姿に」 確かにイライラしました~。

「土方も沖田も無責任なデクノボーにすぎなくなる。」
はい、特に土方さんはそんな感じに見えてしまいました。

「土方がまるで近藤に何もかも横取りされ自分の果たすべき役割を奪われ、
苛々しているようにさえ思えた」 
本当にそう思えました。
土方さんの存在意義がなく、土方さんは全く要らない人にしか思えませんでした。

「二人の組み合わせは最悪のケースとでも思うしかない。」
ゲッ、こんなにはっきりしたことを言ってしまっていいの?と思いつつ、
まさにその通りです、と激しく(?)同意する私です。(笑)

山根氏の本のご紹介、ありがとうございました。
こういう評価があったと知ることができて、嬉しかったです。

渡版「新選組血風録」ですが、こちらは・・・はっきり言って、酷いです。
全くの駄作、鑑賞に堪えない作品と思っています。
なんと言っていいのか、これこそ評論家の先生に代弁していただけたら
どんなにいいかと思いますが、本当に観ている間中、なぜかイライラしてどうしようもなくなるんです。
それが鶴田版で、鶴田近藤にイライラするなど比ではない位で、それにそれとは全く質の違う
イライラ感なのです。
作品の雰囲気そのものがそうさせるとでも言いますか、なぜか落ち着いて観ていられないのです。なんだろう、観ていて気分が悪くなるんです。
ごめんなさい、とても抽象的でどうことかわかりにくいかもしれませんね。
でも、本当に観ていられなくなってしまうんです。

この作品はリアルタイムで観て、ビデオ録画しましたが、もう二度と観ないと封印しました。
でも、2007年頃でしたか、CS東映チャンネルで再放送があり、年月も経ったことだし、
今観たらまた違った感想を持つかもと、チャンネルと合わせました。
でも・・・、やはりダメでした。観始めて10分も耐えることができませんでした。
見なきゃ良かったと心底後悔。
何がそんなに受け付けないのか、自分でもよくわかりません。
「血風録」を原作にしながら、やはり大御所渡近藤がメインの話運びになっていくのですが、
鶴田版のようにそれが不満ということだけでなくて、この作品に対しては、
もう、作品全体、そのものを受け付けないんです、私の何かが。

私が一番に感じたことは、作品に製作者側の愛情が感じられない、一生懸命に作っているという情熱が全く伝わってこないということです。
加えて、これは新選組を知っている人が、新選組に愛情がある人が作っていないということが、はっきりとわかります。
とにかく、全体的になんとなくテキトーに作っているとしか思えないのです。
それは脚本、演出、俳優さん達、全てに言えることでした。
たとえば、村上弘明さん演じる土方さんは、失礼ですが全く土方歳三には見えませんでした。
言っては何ですが、本当に一生懸命に役作りをして下さったのかと疑問に思うほどでした。
私にとって、村上さんはとっても好きな役者さんの1人です。
ですが、この作品だけは、NG。とてもじゃないですが及第点はあげられません。

この作品は、原作者の司馬先生がお亡くなりなった後に放送されました。
もし、先生がご存命であったなら、この放送はなかったと確信します。
絶対に制作あるいは放送は許可されていなかったと。
渡版「血風録」は、私の記憶の全てから抹消したいくらいです。
ただ、抹消したいということと矛盾するかもしれませんが、沖田さんを演じた中村俊介さん、
どんな沖田さんだったか詳しくは覚えていないのですが、イメージ的にはいいなと思い、
私の考える沖田役ベスト3には入ると思ったことは覚えています。
まあ、演技は押して知るべしだったと思いますが。
(確かにイケメンですが、今でも演技の方はねぇ・・・おっと、失礼。)

早々様、コメント、ちっとも長くなどありませんので、いつでも遠慮なくどんどん書き込んで下さいませ。よろしくお願いします。
紫蝶 | URL | 2009/05/08/Fri 01:10[EDIT]
何度もお邪魔します。本作品に関して一寸お知らせを。
古い本ですが映像の沖田総司という映画評論家山根貞男氏の本を思い出しました。その中で
要約しますと氏も鶴田近藤に対し、集団のドラマたる新選組の物語の中で、全ての責任を一身に背負い、悲壮ぶる近藤の姿は誰よりぬきんでて、一人超然としている男のイメージを強く感じさせいらいらした。そんな立派な人物なら土方も沖田も無責任なデクノボーにすぎなくなる。普通なら土方の責任とされる、隊規の厳しさ、それから生じる多くの人々の悲惨さまで近藤が背負い込む。土方がまるで近藤に何もかも横取りされ自分の果たすべき役割を奪われ、苛々しているようにさえ思えた。結束信二は、鶴田浩二という俳優の個性に強引にひきずられていったのではあるまいか。結束、鶴田について自分なりに高く評価しているが、二人の組み合わせは最悪のケースとでも思うしかない。と言っております。
渡版新選組は観たことがありませんので、なんとも言い様がないのですがそんなにひどいですか。渡哲也が土方を演じた五稜郭だったと思いますが、レンタルでも観たことがあります。なんだか似合わなかったなあというおぼろげの記憶が残っているだけですが。
長々と申し訳ありませんでした。
早々 | URL | 2009/05/06/Wed 21:57[EDIT]
早々様、こんばんは。
この作品の鶴田近藤の行動は、本当に目に余るものがあって、数百人の隊士の長がとる行動とは思えませんでしたよね。それが全編に渡っていたので、何とも言いようがありませんでした。
そうそう十津川郷士の話ありましたね。新選組隊士に対してではないのにあそこまでするというのは、本当にありえない。それより隊の方にもっと力を注ぐべきでしょうにね。
>組を統率すべき長としては時代の趨勢を観る大局眼が必要なのに、この行動は  自覚もなければ、大将の器でもない。
全く仰るとおりだったと思います。

そうだ、新選組は同志の集まりといえば、何話目でしたか、あれ?もしかしたら上記の十津川郷士の話の時だったかな?鶴田近藤が女性のところに隊士の行動に対し謝りに行ったシーンで、確か「私の部下がやりました。」みたいな事を言ったと思います。ちゃんと確認していないので、セリフも曖昧ですみませんが、ただ、隊士を自分の「部下」と言ったことは確かだと。
それを聞いた時、隊士は部下じゃないのに、この局長は隊士達をそんな風に思っている人だったのかとビックリでした。と同時にとっても残念でした。
新選組局長に間違ってもそんなセリフを言わせちゃいけません。
要するに、結束先生の認識はそういうものだったということですよね。はあ~。

>~違和感と言うより歴史に対する認識が欠落しているとしか思えませんでした。
同感です。
最終回、私も思わず、結束先生、まさか新選組の先のことを歴史を知らないわけじゃないですよね、ってTVに向かって問いかけてしまいましたから。
結束先生は、「血風録」・「燃えよ剣」をTVドラマの傑作として作り上げた方です。
そんなバカなことはないとわかっていても、まるで新選組のことを何も知らない人が書いた話のように思えてしまいましたからねぇ。
初めは笑って観ていられた史実無視も、あそこまで来るとそんなわけにはいかなくなってしまいました。もう、いい加減にしてよっ!といった感じ。
それにあの土方さんの扱いの酷さも悲しかったです。
確かに土方さんは孤立した立場になることもあったと思います。
ですが、他作品などでは一つの行動についてちゃんとフォローがあったり、やはり局長と沖田さんだけは土方さんの味方であるという安心感があるのですが、この作品にはそれが皆無と言ってよく、最後まで悪者扱い。それが辛かった。

結束先生は、新選組のことは知り尽くしているはずだから、きっと今度も私達が満足する素晴らしい新選組を見せて下さるだろうという期待は、結束、鶴田両氏の美学の前に脆くも崩れ去ってしまったと言えるのかもしれません。

この作品、どうしても辛口批評になってしまいますよね。
納得いかないことが、本当に多すぎましたから。
それでも、渡版に比べれば、まだ良い方かもと思えた作品ではありました。
それがちょっと救いでした。
(渡版はねぇ、私にとっては最悪でして・・・、おっと、余計なことを、すみません。e-441

紫蝶 | URL | 2009/05/05/Tue 18:19[EDIT]
ケロン新選組局長キンドーケロロ様、はじめまして
ようこそお越しくださいました。コメントありがとうございます。
鶴田氏については、特攻隊員だったというイメージが強かったのですが、調べてみると実際は特攻機を見送る立場だったそうで、その後の多くの功績により特攻隊の一員として認められたということのようです。
結束氏も調べてみたら、大正15年生まれで、こちらは正真正銘、特攻隊員だったそうで、驚きました。
この二人には特攻隊という共通点があったのですね。
そして、キンドーケロロ様が教えて下さったように同年代であり、共通の死生観を持っていたなら、この作品は完全に二人の意思で作り上げられたものであり、あのラストは二人の美学の現れと言えるのかもしれません。
でも、いくら自分達の美学があるとはいえ、新選組は歴史上、実在した集団であり、史実というものがあるわけですから、たとえフィクションであろうとも、そこからあまりにも逸脱した設定は避けて欲しかったと思います。
全てが作り物であることは確かですが、これならありうるかも、と思える範囲でお願いしたい。
はっきり言えば、自分達の美学を新選組に押し付けないで欲しかった、
新選組を使わないで欲しかったです。
新選組の考え、行く末は全く違うものだったのですから。

>とにかく前の晩「長科白」で美学に酔って、玉砕。
あんなこと、新選組では絶対にありえませんよね。
現実には近藤局長亡き後も隊士達は、それぞれの場所で、必死に戦い続けたわけで、
玉砕などという考えは誰にもなかったはずです。
こんなの最後まで諦めずに戦った多くの隊士達に失礼です。

それにしても、戦争に行った兵隊さんでも、大正12年頃の生まれの人達とそれ以前の人達では考え方が違っていたというお話、なるほど~と思いました。

私などは、軍人は十把一絡げにお国の為に喜んで死のうと考えている人ばかりなんだろうと思っていました。昔のTVの影響とかでそう思い込んだのかもしれません。
父が、志願兵だったということもそう考えた要因の一つかもしれません。
ですが、本当にそうだろうかという疑問は持っていました。
世代によって考え方が違うということを教えて頂き、胸のつかえが下りた気がします。

父は、結束氏と同じ大正15年生まれで、志願して戦争に行ったそうです。
結束氏は、同じ15年でも学年で言うと父より一つ下になるので、志願兵としては最後の年代だったのではないかと思われます。
当時成人で有無も言わさず徴兵されたのではなく、自ら志願して兵隊になった若者が大勢いたんですよね
父はあまり戦争のことは話しませんが、なぜ志願したのか聞いたことがあります。
徴兵ではなく自ら望んでということが、私にはどうもよくわからなかったからです。
父はあまり詳しいことは話してくれませんでしたが、やはり当時の男子にとってはそれが当たり前で、軍人になることは憧れだったらしいです。
本人が直接言ったわけではありませんが、志願することに何の躊躇いもなかったのではないかと思います。
キンドーケロロ様が仰るように、父は戦争が始まった時に15歳、終戦は満で19歳、まさに戦争が始まってから大人になった世代です。
一番多感な時に戦争していたのですから、軍国少年になっていくのは当たり前だったかもしれません。
けれど、父が無事に帰ってきてくれて本当に良かったです。
そうでなければ、私が今、ここにこうしていることはなかったということですから。(笑)

ケロン新選組局長キンドーケロロ様、
こんなブログですが、よろしかったら是非、また遊びにいらして下さいませ。
どうぞよろしくお願いします。


紫蝶 | URL | 2009/05/05/Tue 01:29[EDIT]
しゅんママ様、こんばんは
本当にありえない最後でしたね。

>史実とドラマは割り切って見るほうなので、 私は、怒りはなかったです。
しゅんママ様を見習いたいです。私などドラマなんだから割り切ろうと思いつつ、
つい熱くなって「そんなの違う、ダメっ!嫌っ!」て怒っちゃうんです。
特に土方さんの扱いが悪いと余計に「気に食わない度」がUPしちゃいます。(笑)

この作品、鳥羽伏見開戦前にどうして新選組が死ぬことだけを考えるのか、
理解できませんでした。
せっかく土方さんの指示で戦おうとしていたところに、本当はいないはずの局長が現れて、
あろうことか、ここで一緒に死のうという雰囲気にもっていくとは。
みんなに死を覚悟させるより、「いかに戦うか、戦略を考えなさいよっ、それが新選組でしょう」と言いたくなりました。
しかも、肝心の土方さんは泣いてる・・・。(鬼副長が泣くなっ!)
いくらなんでも、まさかこんな展開になろうとは、ほんとビックリです。

大石鍬次郎役の待田京介氏、本文には書きませんでしたが、私もなかなニヒルな感じで素敵だなって思いました。斎藤さん役でも合いそうな気がしました。
しゅんママ様が、今どの辺までご覧になったかわかりませんが、後半はかなり出番も多く、重要な役回りになっている感じです。
待田氏というと、私には悪役のイメージが強いですが、そういえば随分前からお見かけしないと思っていたら、そうですか、もう引退されていたのですね。
全く知りませんでした。それはとても残念に思います。

>治安警察の役割をはたしている新選組を、 きちんと描いているのは評価できると思います。 大河ドラマでは、ほとんど触れられていなかったですよね。

それは確かに言えるかもと私も思います。
きちんとお仕事している様子が描かれていましたものね。
大河では、新選組はいったい何をしているの?という感じでしたよね。
5年経って記憶が薄れてきていますが、命を懸けて仕事している、市内巡察しているという様子は全く見られなかったと記憶しています。
そんなところも大河に対する不満の一つだったと思い出しました。

ただ、鶴田版での新選組の方向性が今一はっきりしてない、説明不足のところが不満でした。
尊皇攘夷や公武合体などという思想的な言葉が近藤さんの口から出ることもなく、
斬り合いシーンも多い為、これじゃあ単なる人斬り集団にしか見えないのではないかと心配にもなりました。と言うより、私にはそう見えました。
浪士は遺恨で斬ることが多く(それも皆殺し)、捕らえるなんて皆無でしたしね。

>結束氏と鶴田氏「二人の新選組」だと思っています。
本当にしゅんママ様の仰るとおりかと。私もそう思うことにします。
初めは大スターのために作らされた新選組かと思いましたが、
結束氏の意思で作られているようなので、この作品は、
この二人で作った二人だけの新選組なんでしょうね、きっと。
でも、こんな風には作って欲しくなかったというのが、私の本音です。
紫蝶 | URL | 2009/05/03/Sun 23:19[EDIT]
紫蝶さんがどのような感想を持たれたかと楽しみ?にしておりました。結束さんのオリジナル新選組とはいえ、第1回から前2作とは余りに違う展開と主な部分はスルーで、原作がないと脚本は一人歩きしてしまうものとつくづく思った次第です。加えて氏の史実無視が極まり、この作品に対する期待を悉く打ち砕いてくれました。
鶴田近藤の良い人ぶりを前面に出す為、土方副長の意見は殆ど却下で土方を悪としている感も納得できません。何でも一人で決め一人で解決し満足する。新選組は同士の集まりのはず、集団で行動することが規範であるにも関らずです。

十津川郷士の命を守るために一人で説得に行くなど新選組として有得ない。
組を統率すべき長としては時代の趨勢を観る大局眼が必要なのに、この行動は自覚もなければ、大将の器でもない。
最後の鳥羽伏見の戦いは、何これ???の連続。 大砲が打ち込まれているのに決死の覚悟かもしれませんが、がむしゃらに突進など戦略も何もあったものではない。
これでは第2次大戦の玉砕と同じでは。土方副長は幕府軍の最後の地五稜郭まで行って戦うのにここで散ってしまうのみたいで、違和感と言うより歴史に対する認識が欠落しているとしか思えませんでした。

結束氏、鶴田氏ともに特攻隊で戦争に行かれたからでしょうか?
折角豪華ゲストを布陣したのに、最後まで鶴田近藤による鶴田近藤のための鶴田新選組でした。
辛口ばかりの批評となってしまいました。
早々 | URL | 2009/05/03/Sun 18:58[EDIT]
新撰組十一番隊様、こんばんは
>泣き言の前夜祭は新撰組には似合いません。これなら第十八話の(前編)で終わってほしかったです。

私も全く同感です。色々突っ込みどころはあっても、それまではなんとか許容範囲と思っていまいしたが、最終回で私の評価はグーンと下がってしまいました。
あくまで私だけの評価ですけどね。(笑)
全くの創作ドラマではなく、とりあえず実際に存在したモデルがあるので、
たとえドラマであっても、せめてその先に続くような終わり方はして欲しかったです。

第六話について、あれはどう考えても士道不覚悟で、切腹ものですよね。
いくら怖くて足がすくみ動けなかったとはいえ、同心が1人戦っているのに助けに行かなかったのは、新選組隊士という以前に人としてどうかと。
気持ちはわかります。じゃあもし自分だったら?と問われたら、やっぱりあの隊士と同様に怖くて助けに行かれないかもしれません。その可能性の方が大です、きっと。
でも、沖田さんのセリフにあった様に、新選組には怖くて動けなかったなんていう並みの感覚は通用しないはず。いくら怖くても卑怯なまねはしてはいけないんです。
でもね、それが通用しちゃうのが、鶴田新選組なんですね。
「彼は一言も弁明しなかった。私は彼を隊規違反だとは思わない。」
はぁ? 近藤さんの言っていることははおかしいですよね。
問題なのは、この隊士の行動、つまり理由はどうあれ、同心を見殺しにしそうになった事実について、隊規違反かどうかを考えるべきなのに。
その後が潔いから隊規違反じゃないというのは、ちょっとねぇ。
これでは、隊士達に全然厳しくない隊規だと思われてしまいそうです。

エンディングも新撰組十一番隊様のお考えに大賛成です。
絶対にその方が良かったと思います。
いつでも自ら出動したい近藤さんなんですよね。
それから、斬り合いの後の
土方 「あやうく取り逃がすところだった。間に合って良かった。」
近藤 「果たして間に合っただろうか?」という2人のセリフはいらないと思いました。
なぜここで、こんな間の抜けたようなセリフを土方さんに言わせるのかと
悲しかったです。
「○○(隊士の名前)は?」とだけ言って、急いで亡骸の前に駆けつけるというだけでも良かったんじゃないかと。
でも、鶴田近藤の方が物事を分かっていると見せたかったのかもしれません。

あっ、原田さんの件、新撰組十一番隊様に言われて気づきました。
文句ばかり言っている割にはどこを観ているやら、ですね。(汗)
原田さんと言えば、あの訛り、「~もし」というのは何だったのでしょう。
別に嫌じゃなかったし、河原崎さんも良かったと思いますが、
これも結束氏のオリジナリティの一環というわけだったのでしょうか。

>~一番隊から十番隊まで未出の隊長の作品を期待しています。
私もいろんな作品を読みたいなと思います。
武田観柳斎などを取り上げて、この人のイメージを180度覆すような小説が
出てきたら面白い気もしますが、やっぱりそれは無理というものでしょうか。(笑)
紫蝶 | URL | 2009/05/03/Sun 18:37[EDIT]
鶴田・結束の美学
かなり同感なんですが。。。
違う視点から。
結束信二という方の履歴、不勉強ながら知りませんが。
鶴田さんなんかも含めて、戦争中に若かった方なのではないでしょうか?
(というか、今、インターネットで見たら特攻帰りなんですね。1923年生まれなんで大正12年)
。。。靖国で会おう。
という「合言葉」がしみついてるなあ。。。という感じで観てたんです。
司馬さんも同年代とは思うんですが(今見たら大正10年でした)、2年の差は大きいです。
父(故人)が大正7年で、フィリッピンで100死に一生くらいの感じで帰ってきた人ですが、(米軍が上陸する前は)毎晩マニラのダンスホールに遊びに行って(背広調達したらしいです^^;)危うく憲兵に捕まりそうになったのを、うまく逃げた、なんて話してたくらいで、絶対「靖国で死のう」なんて心情とは遠いです。
少年時代もまだ軍国色薄い時代です。
感覚は司馬さんも父の方に近いと思います。日本が大東亜戦争に突入した当時、すでに成人で軍にはいっても「戦車兵」ということで、醒めた目で軍を観てます。父もそうですが職業軍人出身ではない、下級幹部ですし。
司馬さん死生観は、もしロシア軍と対峙した場合は、特攻するというよりは、「この鉄製棺桶の中で殺されるんだ」というものです。
それが大正12年から昭和初年までの世代は、米国という「絶対勝てない巨人」と戦争はじめてから大人になっていった世代で、国全体がヒステリーになっているのに巻き込まれて成人した世代。もう練習機に爆弾積んで、米艦隊に突っ込む以外選択肢なし。「散華。靖国で会おう」が観に染み付いてしまってるんですよね。
(因みに「米国」の大学で、少年をファシズム化する実験、というのをやった話聞いたことあるんですが、数ヶ月あれば十分だそうです)
新戦組というより孤島に残された「日本軍」みたい。
「大本営(大坂城)は何をしている!」「いや、参謀部(幕府重臣)がどう考えようと、与えられた中で最善尽くすのが兵の本分だ」
それに「各隊部署しました」とか、時代劇とは思えない科白が出てくるので、苦笑しました。多分、確信犯的に使用しているんじゃないでしょうか?
出陣シーン。
「歩調取れ!」
って号令かけるかと思いました。(苦笑)
だから鳥羽伏見後編、ああなるんじゃないかなと、予想はつきました。
とにかく前の晩「長科白」で美学に酔って、玉砕。
せっかくの会津砲兵隊の同陣エピソードも割愛されてますしね。
鶴田浩二は、東映美学の着流しヤクザや、合理性無視・美学だけで「統率」している「軍人」とかが似合います。
でも、一番心に残るのは、「男たちの旅路」のガードマンかな。
。。。結束さんや鶴田さんは、多分、父の世代~司馬さんの世代に、意識してるかどうかは別にして少し反感あると感じます。

ケロン新選組局長キンドーケロロ | URL | 2009/05/02/Sat 15:37[EDIT]
こんにちは
「新選組」。
第五話あたりから録画しているのですが、まだ全部視聴していません。
最終回は見ました。
そして、びっくりしましたよ。
結末を、まったく覚えていなかったのは、
かつての私が、「ありえん!!」と記憶を消去していたのだと思います。
史実とドラマは割り切って見るほうなので、
私は、怒りはなかったです。
ただ、呆然としました・・・。

ちなみに、私は、大石鍬次郎役の待田京介氏が素敵だなあと、
ネットで検索しました。
現役引退されていました。
当時は有名な俳優さんだったのですね。
もっと活躍する場面が見たかったわ!!

それにしても、
どんなにアクの強いゲスト俳優さんが出演されても、
それを軽~く凌駕してしまう鶴田氏のオーラに圧倒されました。
脚本家は、そのオーラにひきずられてしまったのでしょうか。
「鶴田の新選組」と以前に書き込みましたが、今は
結束氏と鶴田氏「二人の新選組」だと思っています。

治安警察の役割をはたしている新選組を、
きちんと描いているのは評価できると思います。
大河ドラマでは、ほとんど触れられていなかったですよね。

しゅんママ | URL | 2009/05/02/Sat 14:56[EDIT]
信じられない最終回
確かに最終回は酷かったですね。
泣き言の前夜祭は新撰組には似合いません。これなら第十八話の(前編)で終わってほしかったです。

私も紫蝶さんの例にならい一言 「第六話三条大橋に黒い人影」について

新参隊士(中村賀津雄)が臆病で斬り合いに陰に身を隠し出て行かなかった。
本来なら「士道に背く事を許さず」で土方命で切腹でこの悲哀を焦点に描いたほうが私好みだったのですが・・・
また本編では近藤、土方が共に現場に出動するのですが二番隊だけで一蹴して一人で勇敢に切り込んだ隊士(中村)を永倉新八が「誠の旗にふさわしく彼は武士でした」と告げそれを近藤、土方が無言で表情も変えずにその報告を聞くエンディングのほうがよりコクと深みがでたとおもうのですが。

ずっと気になっていたのですが原田佐之助が四番隊?結束氏にとってディテールには拘らず前二作の呪縛(?)を解放するところにこの作品に意味をおいてるのでしょう。

全体的に >美味しいところを全て鶴田近藤が持っていくために、せっかくいい話が興ざめになる、 でしたね。

因みに私が新撰組ロードを歩むきっかけは永倉新八を主人公にした「幕末新選組」でした。近年では秋山香乃が藤堂平助、井上源三郎を書いており一番隊から十番隊まで未出の隊長の作品を期待しています。

新撰組十一番隊 | URL | 2009/05/02/Sat 05:17[EDIT]
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